ブログの子【ねぇ、今からバズるよ】

初めまして。にゃんにゃんです。雑記ブログの頂を狙います。

ジュラシック・ワールド炎の王国が死ぬほどつまらないので、作った奴ら全員座らせて説教したい【ネタバレ感想】

今度テレビで放映するようなので一筆

 

 

タイトルにもある通り大変申し訳ないが今からジュラシックワールド炎の王国をディスらせてもらう。この作品が好きな方はプラウザバックである。

この作品は世間の皆様からは大変気に入られている。そのため、この映画に対して異議申し立てをしようとしている私はマイノリティだ。

なので誰にも共感してもらえない悲しさから、今からここに綴らせて貰う。この映画は間違いなく「つまらない」そんなマイノリティリポートをずっと私は探してる。リアル君の名は。そして見つけた暁には、その少数派の方と共感したい。ただそれだけである。

 

さて、リニューアルした前作のジュラシックワールドも何か違うなって思ってたけど、今作については最早ジュラシックパークシリーズじゃないと思った。

前半はディザスタームービー

後半はアクションスパイ映画を観ている感覚に陥ったのは私だけだろうか?

ていうか作品時間の半分以上がパーク(島)に滞在していない。せっかく炎の王国というダサいサブタイトルをつけてるにも関わらず炎の王国の滞在時間が短い。

ほとんどがロッグウッドの豪邸内で繰り広げられており、なんならパークにいるときも、いちいちロッグウッド邸のカットが入る。観客としては殆どロッグウッド邸を観ている気分だった。

これでもかと言うくらい広い豪邸を見せつけてくる。広い玄関、階数の高いお家、広い庭、恐竜のオブジェの数々、地下室、家なのにエレベーターがある等、庶民の我々にこれでもかと言うくらい豪邸のスペックを見せつけてくる。

これは一種の自己啓発映画なのかと言うくらい豪邸をアピってくる。お前らも金持ちになってこういう家に住みたいだろう?という監督のメッセージがひしひしと伝わってくる。

そして今回の裏スポンサーはハウスメーカーで間違いない。この映画のジャンルはSFでもアクションでもアドベンチャーでもない。ハウスである。ハウス映画である。なので、TSUTAYAではホームアローンの横に置かなくてはいけない。

ってくらい後半は豪邸がフィールドとなり話が進む。

そして以下ネタバレとなるが、ネタがバレた所で、だから?って感じである。


一応、ネタバレが嫌な方はお帰り願う。そして重複するがジュラシック・ワールド炎の王国が好きだよという方もお帰り願う。何故なら今からメチャクチャにディスるからである。これは愛ゆえにのディスりである。ジュラシックパークに対する歪んだ愛情が生んだディスりなので許してほしい。そして酔払いでもあるので、その辺も許してほしい。勢いで書いてるため、誤字脱字、作品内容との相違はご容赦願う。飲酒執筆ダメ絶対。

 

 

 


まず、一番の見所は最初だと思う。
最初の10分くらいだと思う
起源にして頂点。

このシーンが一番ジュラシック・パークシリーズを見てるなと思うシーンだったし、シリーズへのリスペクトも感じられた。ジュラシックパークシリーズは、毎回序盤にサブ恐竜を出して被害者を出すのが通例。1はラプトル、2はコンプソグナトゥス、3はプテラノドンジュラシックワールドはこれが無かったから糞。その点、炎の王国は評価できる。

 

正直ジュラシック・パークシリーズってメチャクチャ金のかかった人食いパニック映画だとオレは思ってる。(一応各作品にはそれぞれのテーマはあると思うが。)

それが好きだった。なんで島に行くのか?どうやって島から脱出するのか?どんなシチュエーションで恐竜に襲われて食われるのか?オレはこれが好きだったのよ。特に、車が襲われるシーン。トレーラーのシーン、飛行機のシーン。迫力あって最高やん。ドキドキするやん。素敵やん

だからこそ今回序盤のTレックスとモサササウルスに襲われるシーン凄い好きだったよ。

その後はとりあえず火山噴火するから、島に行って恐竜を救出するぜ!!って感じだけど。恐竜の恐怖よりどっちかというと火山の恐怖がメインになります。

監督がかつて自然災害の映画(インポッシブル)を撮ってることもあり、火山から逃げるシーンは普通に楽しかったです。

けど!!この映画はジュラシック・パークシリーズなんだよ!!!逃げる途中に恐竜とか出てきたけど、まぁ結局火山が凄い恐いってなります。

自然様の前では恐竜さんも無力ってか?

黙れ。

このシリーズにおいて恐竜は絶対神、最強として君臨してなきゃいけないんだよ。god=ザウルスなんだよ。つか、サブタイルに炎の王国とかつけてんじゃねぇよ。恐竜の王国にしとけよ。恐竜キングは火山も食べるんだよ。あと火山の凄さとかはボルケーノとかダンテズピークとかNHKプラネットアースとかでやってるからアナタはやんなくていいんです。お引き取り願います。

そして、ロストワールドのオマージュを挟みつつ命からがら船へ逃げ込んだとき、ブラキオサウルスが悲しそうに死にます。可哀相すぎます。いじめられっこが下校途中に撒かれたみたいな感じになります。

ジュラシックパークでは、生で初めて見た恐竜として登場人物を驚かせたと同時に圧巻の映像で観客を驚かせたブラキオ先輩をむごい感じで殺しました。普通に悲しかったです。

そっからは船でのブルーとかいう今作品のヒロインの輸血イベントをやります。ちなみにブルーは恐竜(ラプトル)です。犬みたいに名前つけられてます。因みに、このラプトルという恐竜にはシリーズで累計20人くらいは殺されてます。

そして、輸血イベントも終了し、ロックウッド邸に場面が移ります。

そうです。ここからがこの映画の真骨頂。
ジュラシックホームが始まります。

「Welcome to jurassic home」と亡きハモンドも天国で言ってることでしょう。やかましいわボケ。さぁハウス映画の始まりです。

そして007かよってくらい各国の悪い金持ち達がロックウッド邸に集まります。

なぜこんなに悪い金持ち達がこの豪邸に集まっているのか。なんと恐竜競りをやるためです。もう一度言います。「恐竜競り」です。オレこの恐竜ほしい!ボクあの恐竜がいい!とやるわけですが、小学校低学年の休み時間を見せられてるようでした。あと現実問題、それ競り落として、どうするの?ちゃんと世話できるの?お母さん散歩とかしませんからね?

そんな糞競りが始まったわけですが、そこには初期作ではモブキャラだろと思ってたのにワールドから急に格上げとなったBDウォンもいました。ウォンくんの考えた最強恐竜「インドラプトル」も競りにかけられてちょいギレです。てかネーミングがやばいです。インド生まれのラプトルって感じです。


さぁて、こっからはハチャメチャだ。殺人事件が起きたり、競りを結構な時間見せられたり、主人公がアクションスパイ映画の主人公かってくらい人を殴りまくるし、なんか女の子はクローン人間だったし、果たして、オレは今本当にジュラシックパークシリーズを見ているのか?と自問自答してしまう

中でも「なんだよこれw」と思ったのがラプトルのブルーがギリギリのところで爆発から逃げるシーンだ。恐竜なのに一瞬トム・クルーズに見えたのは幻か、否、現実だ。ホントに間一髪で部屋から脱出しているため見所である。この作品で唯一観客を笑わせようとしてくるコメディシーンである

そして、なんやかんやで敵に見つかり主人公たちが檻に捕らえられてしまい絶対絶命。でも安心です。何故なら隣の部屋にはパキケファロサウルスがいるから。

呼んだら迎えに来てくれたり、やらせてくれたり、ヒモになってくれたりと都合の良い女のような恐竜パキケファロサウルスちゃんのお陰で、主人公はサクサクプレイ。口笛ひとつでお手のもの。脚本家の甘えと怠慢がこのパキケファロサウルスに凝縮されていた。

そして良い感じに一掃されて静かになったところで、歯マニアの悪役おっさんが再登場。目の前の檻にはインドラプトルが入っている。

それを見たオッサンはトイザらスで売ってそうなオモチャ麻酔銃で、プシュっプシュっ。インドラプトルに直撃し寝てしまった。

そして、ここから驚きのシーンが始まる。あろうことかインドラプトルの檻に何の躊躇いもなくスッと入るのである。狂暴で拘束もされてない得たいの知れない恐竜の檻に、コンビニでトイレを借りるくらいのテンションでスッと入るのである。

このシーンには思わず驚きを隠せない。今でも鮮明に覚えているが当時映画館の後ろの方からも微かな声で「えっ」というリアクションが聞こえてくるくらい衝撃のシーンだった。

でも仕方ない。作品の構成上、後にこのインドラプトルを大暴れさせなくてはいけない。そのためには、こうするしかないのだ。このオッサンをスッと檻に入れるしかないのだ。きっと脚本家も自分に言い聞かせるように同じことを言っていたと思う。

さぁ案の定、インドラプトルは狸寝入りしてただけでオッサンは食べられちゃった。

そしてここからは、女の子とインドラプトルの追いかけっこが始まる。

何故か知らないけど女の子を執拗に追いかけ回す。なぜインドラプトルは女の子をしつこいくらい追いかけ回すのか?

答えは簡単。インドラプトルがロリコンだから。

当時、もうこのアホみたいな理由で自分に言い聞かせるしかなかった。こうでもしないと理不尽かつ合理性の無いこの脚本に嫌気がさして私は劇場から飛び出してしまう。そう。だから恐竜にもフェチがある。こうしてこの世界にまた一つ新たなトリビアが生まれた。

途中ジュラシックパークの名シーンであるラプトル追いかけっこのオマージュを挟みつつ。女の子はホームということもあり、めっちゃ逃げ回る。正直暗くて何をやってんのかよく分からない。

そして、エレベーターとか色々駆使して命からがらストーカーラプトルから逃げ切ったのに最終的に隠れた先はなんと「自分のベットの布団のなか」である。

このイカれた脚本を納得しイチイチ突っ掛からず作品を見終わるためには自分の脳ミソをバグらせてあげるしかないので「分かる!分かる!子供の頃のときの布団のなかって最強だよね!」と童心に返り歩み寄ってあげた。

結果、ロリコンラプトルに見つかる訳だが。間一髪でたしか主人公とブルーが助けてくれる!(正直もうよく覚えてない)

そんで、なんやかんや色々あって、ガラス張りの屋根の上に主人公と女の子は性獣に追い詰められる。

けどブルーが再度助けにきた結果、重みでガラスが割れ、一緒に転落。空中でブルーがマウントを取ったので、ロリコンストーカーはトリケラサウルスの骨に串刺し。ブルーの勝利という感じに見せているが、誰がどうみても「トリケラサウルスって骨でも凄ぇ」と思わせてしまうシーンとなってしまった。

これで物語は終了かと思われたが、
この作品まだまだ続く。

なんと、島から連れ出してきた恐竜達を地下に閉じ込めていたのだが、その地下に毒ガスが蔓延してしまったのだ!換気システムも使えない。残された手段は檻解除ボタンを押して助けるしかない!

しかし、ボタンを押せば「恐竜は豪邸の外に出てしまい!一般人に危害が及ぶ!」でもボタンを押さなければ「恐竜は死んでしまう!」という糞ほど釣り合ってない天秤が出来上がってしまった。

主人公たちはボタンを押さず「恐竜を見殺し」にする手段を取った。当たり前だ。そもそも人間のエゴで勝手に生み出して、そして金儲けのため勝手に島から連れてきてる。本来であればとうのむかしに絶滅している。今回の火山で死ぬべき存在だ。と私も同じ意見だ。このラストであればまだ許せる。

しかし、このあと大変な事が起こる。


なんとゲートが開き檻から恐竜が外へ逃げていくではないか。なんだこれは、システムの故障か?脚本家の暴走か?

主人公たちが後ろを振り向くと
女の子がボタンを押して一言

「私と同じクローンだから」


え?

これがイッポングランプリなら爆笑の一本だったが、さっきまで、同じクローンのインドラプトルに殺されかけて悲鳴あげてた分際が何を言うてるの?しかもそのインドラプトルがトリケラサウルスに串刺しされても「ふぅ。助かった」みたいな顔してたのにどういう神経をしているんだ。理解が追い付かない。この女の子は大麻をキメていて思考がキチガイという裏設定があるのか?納得するにはそれしかない。

しかし、流石の私もこのシーンは擁護できず「お前はロリコンラプトルに喰われれば良かったんだよ」と鑑賞当時キャラメルポップコーンを口に入れた。

そして、主人公たちはなんかニンマリ笑ってた気がする。「ま。しょうがねぇか。子供のやった事だし」みたいな感じで眺めてた気がする。

そして、「私と同じクローン」たちは「私と違うオリジナルの人間」たちを食い殺しまくる。その後、恐竜たちは元気に豪邸の外に逃げたしていったのであった。

さぁ、大変だ。逃げ出した恐竜たちをどうやって捕まえる?ここからが脚本家の腕の見せ所である。

IQ50しかない私の脳ミソでは「米軍が頑張って捕まえた」位の答えしか見つからなかった。

物語は終盤。風呂敷を纏めなくてはいけない。

そしてこの脚本家は最強の手段を用いて、ジュラシックワールド炎の王国を収束させる。

逃げ出した恐竜たちが、山を駆け回っていたり、海水浴場にいたり、空を飛んでいたり、ライオンと対面していたり、とにかくアメリカ全土に分布している様子が見受けられる。

「捕まえなかったのか、、おいおいどうするんだよ、、どうやって終わらせるんだよ、、」そんな私の不安をよそに、マルコム博士が再登場。

そして衝撃のひと言

「我々は共存を選んだ。これこそがジュラシックワールド

は?

なんと「これがホントのジュラシックワールド。なんつって」的な笑点チックな発言をして終わらせやがったのだ。山田くん。座布団全部持っていって。

エンドロール後は脚本家の謝罪VTRでも流れんのかなと思い待っていたが、プテラノドンが出てきた。なんだお前。そして塔に止まって。映画は終了した。当時、私は空になったポップコーンと氷と混ざり薄味になったコーラを捨てて劇場を後にした。なにを言いたいのかというとポップコーンとコーラは作品が退屈でも味は変わらず美味いということである。

唯一の救いは、当時、このあとに見た「カメラを止めるな!」がメチャクチャおもしろかったことである。この映画を観たあとということもあり完成度の高さには糞ほど驚いた。

この1日で「ハリウッドの超大作」「日本のC級作品」と相反する映画を観て改めて感じたことがある。作品の面白さと製作費は必ずしも比例しない。少なくとも脚本は重要である、と